美の巨人たち|川瀬巴水(かわせはすい)『東京二十景』“昭和の広重”動画見逃し

 

あーとん

あーとんだの。今日は「美の巨人たち」の川瀬巴水(かわせはすい)回について紹介するの。

 

2018年11月17日に放送の
「美の巨人たち」(テレビ東京)では
川瀬巴水(かわせはすい)が紹介されます。

美術の教科書にもあまり載っていない
ちょっとマイナーな人物かもしれません。

あーとんと一緒に、どんな人物か
学習していきましょう。

 

「美の巨人たち」公式サイトの予告をチェック

 

まずは公式サイトの予告から
見所を確認しましょう。

 

川瀬巴水「東京二十景」
歌川広重『名所江戸百景』から70年後に描かれた“昭和の広重”川瀬巴水(かわせはすい)作『東京二十景』。大判の版画全20枚にわたり大正から昭和初期の東京を描いた連作です。瑞々しく生き生きと…町とそこに暮らす人々の喜怒哀楽が見えてくる巴水の版画。美しさの秘密は30を超す多色摺り。そして浮世絵では使わない驚きの技法が!未曽有の大災害、関東大震災から蘇ろうとする故郷“涙で滲んだ東京”に込めた巴水の願いとは?

引用:http://www.tv-tokyo.co.jp/kyojin/

 

この予告から
気になるキーワードを引き出すと…

  • 昭和の広重
  • 大正から昭和初期の東京
  • 連作
  • 30を超す多色摺り

どのような活躍のあった
人物なのか、少しつかめたでしょうか?
歌川広重もポイントになりそうですね。

 

びーさん

分からない言葉が多いんだけど…

あーとん

一つずつ解説していくの。まずは基本のプロフィールを確認してみるかの。

 

川瀬巴水(かわせはすい)プロフィール

生誕名:川瀬文治郎(かわせ・ぶんじろう)
生年月日:1883年5月18日
死没 1957年11月7日(74歳没)
生活:東京府芝区→大田区
国籍:日本
教育:鏑木清方、岡田三郎助
著名な実績:版画、日本画
運動・動向:新版画

 

あーとん

1883年生まれということは
明治時代〜昭和時代の人物だの。

ちなみに1883年は、ゴッホが画家として本格的に活動する数年前だの。川瀬巴水が7歳のころ、フランスではゴッホが密かに息を引き取ったんだの…

びーさん

なんだか暗い情報から始まったね・・・どんな作品を描いた人なの?

 

ではさっそく、
川瀬巴水の作品を見てみましょう。

 



川瀬巴水の作品(ほんの一部)

 

川瀬巴水は生涯で
600点以上の作品を残しています。

そのため、
全てをご紹介することはできませんが、

いくつか作品を見れば
「川瀬巴水らしさ」は十分
わかるのではと思います。

 

大手門の春の夕暮
昭和27年(1952)作

 

「日本風景集東日本篇」より
『仙台山之寺』
昭和8年(1933)3月作

 

「東京二十景」より
芝 増上寺』(大正14年)

 

色がとても美しいのが
お分りいただけたでしょうか。

この作品はいずれも木版画です。

「新版画」と呼ばれる木版画で
30~40回も重ね摺りをすることで完成します。

 

びーさん

40回も重ねて刷るの!?

あーとん

そうだの。ただ、回数は多いけれど木版画なので、複数の同じ作品が世界に存在しているんだの。

あーとん

特に、川瀬巴水の作品が海外に知られているのにはいくつか理由があるんだの。

 

川瀬巴水は日本のPR作品

 

昭和7年に旧鉄道省が
世界に向けて日本への観光を呼びかけました。

そのときに使用されたのが
川瀬巴水の木版画でした。

B全(B4サイズが16枚分の大きさ)サイズの
ポスター1万枚を1年かけて作り、
世界に発信したそうです。

 

また、戦後数年間は
日本を訪れた国賓(超重要お客様)へ
『増上寺の雪』が
お土産としてプレゼントされていました。

 

出典:http://g-nouvelle.com/hasui.html

 

あーとん

日本の風景を美しく描いた川瀬巴水の版画は、まさに日本の顔だったんだの。

びーさん

こんな作品もらえたら、いい思い出になりそう!版画なんだから今でも刷っちゃえば増やせるんじゃないの?ぼくも欲しい!

あーとん

実はそうもいかないんだの…

 

どうして手に入らないのか
その理由は日本の社会背景が
大きく関連していました。

 



川瀬巴水の作品は入手が困難に?!

 

近年、世界的に評価され
多くの人が欲しがるようになった
川瀬巴水の木版画。

アップル創始者のスティーブ・ジョブズ氏も
コレクターであったことが知られています。

 

そんな川瀬巴水のオリジナルの版木は
意外とあまり残っていません。

 

理由①関東大震災

 

関東大震災は、
地震の被害ももちろんありましたが

地震による火災で多くの家屋が
焼けてしまいました。

川瀬巴水の版木も、関東大震災によって
多くが焼失してしまいました。

 

理由②第二次世界大戦の空襲

 

関東大震災で焼け残ったものも
第二次世界大戦で空襲に逢い、
またも多くの版木が焼けてしまいました。

 

理由③戦後の資材不足

 

関東大震災や第二次世界大戦を乗り越えて
残っていた版木も

戦後の資材不足の時期に、一部は
削り直して新しい版木に使用されたそうです。

また、戦後は良質な資材が不足しており
版木自体の品質が悪くなってしまい
長期保存ができないものとなってしまいました。

 

びーさん

もったいなすぎるよ…。

あーとん

世界に7枚あったゴッホの有名な「ひまわり」も、日本で1枚、空襲によって焼けているんだの。戦争は美術作品にも被害をもたらすんだの。

 

現存している刷り上がった作品は
図柄の人気度や、状態(しみや折れ)、
流通している枚数などで価格は変わるものの

大正時代の作品は100万円以上するものも
あるようです。

 

川瀬巴水のまとめ

  • 昭和の歌川広重と呼ばれるほどの美しい木版画
  • 30〜40回重ねて刷ることで完成する
  • 日本の観光PRに使われた
  • スティーブ・ジョブズも川瀬巴水の作品を集めていた
  • 版木は戦争や震災により多くがなくなってしまった
  • 作品によっては100万円以上で取引されている

 

「美の巨人たち」では
東京を描いた20枚のシリーズ
『東京二十景』が紹介されます。

 

実際の作品を見たい人は、
「美の巨人たち」によると
『渡邊木版美術画舗』
(東京都中央区銀座8-6-19)を
訪れるといいそうですよ。

 

見逃した人は動画を探して
より深い魅力にせまってもいいかもしれませんね。

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