谷内六郎(たにうち ろくろう・週刊新潮表紙)創刊号のイラスト解説【新・美の巨人たち】

あーとん

あーとんだの。今日は「新・美の巨人たち」の谷内六郎・上總の町は貨車の列 火の見の高さに海がある×水野美紀について紹介するの!

 

2019年10月19日(土)に放送される
「新美の巨人たち」(テレビ東京)では、
画家・谷内六郎
『上總の町は貨車の列 火の見の高さに海がある』に

水野美紀さんが迫ります。

 

まずはどんな内容なのか
公式サイトで確認してみましょう!

25年間、一度も休むことなく『週刊新潮』の表紙を描き続きた画家・谷内六郎。温かく懐かしい世界は、いつ見ても飽きない不思議な魅力があります。その創刊号を飾ったのが今回の作品。舞台は千葉の外房、御宿の朝の海。和傘を持った女の子が、風に吹き飛ばされそうになっています。谷内のメルヘンの世界を旅するのは女優・水野美紀さん。創刊号の表紙に上総御宿を選んだ理由は?

<Art Traveler>水野美紀

 

この予告から気になるキーワードを
抽出すると・・・

 

  • 谷内六郎ってどんな人?
  • 「上總の町は貨車の列 火の見の高さに海がある」ってどんな作品?
  • 谷内六郎の他の作品は?

 

 

今回の作品は、雑誌の表紙なんだね!絵本みたいな絵柄だね!

びーさん

あーとん

週刊誌「新潮」が生まれてから25年間、休むこと無く表紙を描き続けた谷内六郎の記念すべき初表紙なんだの

 

 

「上總の町は貨車の列 火の見の高さに海がある」ってどんな作品?

 

〈上總の町は貨車の列 火の見の高さに海がある〉

 

 

先に突っ込ませて!タイトルが長くて覚えられないよ!!

びーさん

 

「上總の町は貨車の列
火の見の高さに海がある」は
1956年2月に創刊された
週刊誌「新潮」の
表紙となった作品です。

 

あーとん

この記念すべき創刊号、つまりは第1号から谷内六郎毎週表紙を担当し続けたんだの
週刊誌で25年間毎週って、ほんとすごいよね!週刊誌で漫画だったり小説を連載してる人たちもそうだし、きっと仕事としては当たり前なんだけど、作品を作り続けるってすごいなって思うよ

びーさん

 

この長いタイトルにある
上總(かずさ)
現在の千葉県の昔の名称で、
谷内が17歳の頃
悪化した喘息(ぜんそく)の
療養(りょうよう)のために滞在した
御宿(おんじゅく)という町
題材でした。

〈現在の御宿町の風景〉

 

綺麗な海だね!

びーさん

あーとん

療養のために訪れたこの町で海をみて感動した谷内は、そのあともよく御宿を題材とした海の風景を描いているんだの

 

〈海が落ちてくる〉

 

〈夢の中の一番星の記憶〉

 

上總(かずさ)が千葉で住んでた御宿ってことは貨車は?

びーさん

あーとん

貨車貨物列車のコンテナ部分、つまりは荷物乗せてる場所のことだの

 

〈貨車〉

 

「上總の町は貨車の列
火の見の高さに海がある」
谷内六郎見た
思い出

貨車の上に乗せて
貝殻の煙を出しながら
進んでいく様子が描かれています。

雑誌・新潮の創刊号での
表紙の言葉には

 

「乳色の夜明け、
どろどろどろりん海鳴りは低音、
鶏はソプラノ、
雨戸のふし穴がレンズになって
丸八の土蔵がさかさにうつる幻燈。
兄ちゃん浜いぐべ、
早よう起きねえと、
地曳(じびき)におぐれるよ、
上総(かずさ)の海に陽が昇ると、
町には海藻の匂いがひろがって、
タバコ屋の婆さまが、
不景気でおいねえこったなあと
言いました。
房州御宿(おんじゅく)にて」

 

と書かれていました。

 

あーとん

当時の御宿は煙突のある製造場(せいぞうば)、つまり町工場がたくさんあったらしいんだの。それが列車に見えたのではないかと、表紙の言葉にも登場したタバコ屋の店員さんが言ってたんだの
じゃぁこの「火の見」ってなんのこと?

びーさん

あーとん

「火の見」「火の見櫓(やぐら)」つまり火災をいち早く見つけるための見張り台のことだの

 

〈火の見櫓〉

 

火の見櫓町の消防団の
近くに設置されていることが多く
「火の見の高さに海がある」
とあることから
海が谷内六郎の身近
存在していたことがわかります。

 

あーとん

後で紹介するけれど、谷内六郎は元々は東京に住んでいて海は身近になかったんだの。重い喘息を持っていたのもあって遠出らしい遠出も難しくて、だからこそ療養地で出会った海にいたく感動したんではないかなと思うんだの
谷内さんの絵ってなんか、小さな子供が描いたみたいだよね。だからかな、思い出を絵に描いたっていうのがなんか作品の雰囲気とすごく合ってる気がする

びーさん

あーとん

どこか懐かしいような子供が描いたようなイラストが表紙にはなっているけど、実際の週刊誌ではスクープだったりスキャンダルだったりを取り扱ったりもするから、なかなかにアンバランスな感じなんだの
た、確かに!表紙からはそんなさわがしい内容があるって分かんないよね!

びーさん

あーとん

ちょっと別の方向から感想を言うのなら、週刊誌のスキャンダルなどのマイナスイメージを緩和する意味でも、谷内六郎のイラストはありがたかったのではないかなとおもうんだの
大人の世界だね!

びーさん

 

谷内六郎は
喘息の事もあり
雑誌の表紙を
毎週手掛けることに
最初はずいぶん悩んだようです。

それで59歳で亡くなるまでの
25年間一度も休むこと無く
約1300枚もの表紙を描き続けました。

 

あーとん

そんな谷内六郎さんの表紙絵作品が観れるのが神奈川県横須賀市にある横須賀美術館なんだの
すごいよ!谷内六郎館てのがある

びーさん

 

〈横須賀美術館 谷内六郎館〉

 

年に四回展示作品を入れ換えし
現在は「昭和というたからもの」
というテーマで
昭和の暮らしを題材とした
作品が展示されています。

 

あーとん

谷内六郎の作品が気になった人はぜひ、伺ってほしいんだの

 

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谷内六郎ってどんな人?ほかの作品は?

 

「上總の町は貨車の列 火の見の高さには海がある」が表紙ってことは、谷内六郎さんの作品は挿し絵とか本にまつわるものが多いのかな?

びーさん

あーとん

作品タイトルをしっかり覚えっててくれうれしいんだの
解説で色々説明してもらったから覚えれたよ!こうやって意味がわかると覚えやすくていいよね

びーさん

あーとん

ではでは、びーさんの疑問に答えるためにも谷内六郎のプロフィールと他の作品も一緒に紹介していくんだの

 

 

名前:谷内六郎
生年月日:1921年12月2日
出身地:東京恵比寿
死没:1981年1月23日59歳
活動時代:昭和
表現実績:イラストレーター・画家・漫画家

 

谷内六郎は1921年東京生まれ。
9人兄弟の六男で
10代の頃から漫画雑誌や
新聞などに投稿を繰り返し
何度か入選も果たしています。

 

ねぇ、あーとん。六郎さんの名前ってさ

びーさん

あーとん

六男だから六郎、なんだの
やっぱりー!

びーさん

 

〈電車カバンを買った日〉

 

生まれつき体が弱く
喘息を患っていた谷内は
職業を点々としながら
絵を描き続け投稿を繰り返し
1955年
第1回文藝春秋(ぶんげいしゅんじゅう)
マンガ大賞を受賞しました。

 

あーとん

マンガというとジャンプやサンデー、マガジンといったいわゆる少年誌のイメージだけれど、谷内六郎が大賞を受賞したマンガは、大人のマンガがコンセプトであったんだの
ってことは、この大賞の受賞がきっかけで表紙の連載が決まったんだね!

びーさん

 

〈時の波紋〉

〈赤い靴〉

 

あーとん

谷内六郎さんの作品にはこんな変わった素材をおりまぜたのもあるんだの

 

〈船が編むレース〉

 

これって本物のレースを貼ってるの!?すごい発想力!

びーさん

あーとん

やっちゃダメなことは芸術の世界には存在しないんだの

 

他にも
自分の兄弟が始めた
「ろうけつ染」と呼ばれる
色の着いてほしくない部分に
ロウをぬり
ひび割れたロウの部分に
色が染み込む
特性を生かした作品や

 

参考〈ろうつけ染の実験〉

 

〈谷内六郎 かま場のこ〉

〈谷内六郎 つみ草〉

 

三陽堂書店の壁画を手掛けたり
絵本を制作したりと
作品は様々です。

 

〈三陽堂壁画 1963年ごろ〉

〈現在〉

〈谷内六郎の絵本歳時記〉

 

あーとん

谷内六郎さんは自分が病弱であったこともあり、ハンディを持った子供達に絵を教える先生をしたりと福祉活動にも積極的に取り組んだりしていたんだの
優しい性格が伝わる画家さんだよね!

びーさん

あーとん

だれもが子供の頃に一度は描いたかもしれない風景や思い出をその時の心にままに描くというのは意外と難しいものなんだの
雰囲気と作品が一致してるし、なんとな懐かしいって感じるのも分かる気がするよ!だからこそ今も昔も愛される作家さんなんだね!

びーさん

 

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