速水御舟(はやみぎょしゅう)『炎舞』解説!画風の変化は?【新美の巨人たち】

あーとん

あーとんだの。今日は「新・美の巨人たち」の重要文化財『炎舞』×田中麗奈…速水御舟の恐るべき緻密さと執念について紹介するの!

 

2019年7月13日(土)に放送される
「新美の巨人たち」(テレビ東京)では、
速水御舟(はやみぎょしゅう)作『炎舞』
緻密さと執念に

田中麗奈さんが迫ります。

 

まずはどんな内容なのか
公式サイトで確認してみましょう!

燃え盛る炎に蛾の飛翔…天才画家・速水御舟が技巧の限りを尽くした美の世界『炎舞』。御舟の恐るべき観察眼と鬼気迫る筆致は、見る者を絵に引き込みます。美を追求し、型にはまることを恐れて次々と画風を変えていった御舟。そんな中でいかにして『炎舞』は生まれたのか。今回、御舟がかつて夏に3カ月滞在し焚火を観察していたという軽井沢で、女優・田中麗奈さんが実際に焚火を観察。そこで気づいた『炎舞』の秘密とは一体?

<Art Traveler>田中麗奈

 

この予告から気になるキーワードを
抽出すると・・・

 

 

  • 速水御舟ってどんな人?
  • 恐るべき観察眼って?
  • 速水御舟はどんなふうに画風を変えていったの?

 

 

「炎舞」ってどんな作品?

 

あーとん

ということで今回紹介する作品はこちらなんだの!

〈速水御舟 炎舞〉

 

びーさん

炎の中に蛾(が)だよね?

あーとん

そう、速水御舟が夏の間の三ヶ月間、家族と滞在していた軽井沢での作品なんだの

 

速水御舟
家族と共に軽井沢で
過ごしたのは1925年の夏

御舟は
焚き火に群がる蛾の様子に
この作品のアイディアを得て
何度も焚き火をしては
火を観察したり
蛾を捕まえては
写生を繰り返していたようです。

 

うーん?

びーさん

あーとん

どうしたんだの?
色んな画家さんが写生を大事にしてたのは凄くよくわかるんだけど

びーさん

あーとん

だけど?
この「炎舞」っ作品の蛾って、なんかリアルなんだけど動いてるように見えないなって

びーさん

あーとん

いいところに気がついたんだの

びーさんの言うように
この「炎舞」という作品に
描かれた蛾は
アップで観ても
確かにリアルに描かれています

 

「炎舞 蛾の部分アップ」

 

けれども蛾だけを観ていると
確かに動いていと言うよりは
羽を広げているだけのように見えます。

 

あーとん

ちなみに例外ももちろんあるけれど、一般的に蛾は羽を広げて止まる蝶はたたんで止まるといわれているんだの
虫の画像があるから苦手な人は気をつけてね!

びーさん

 

 

 

 

 

 

〈蝶の止まりかた〉

〈蛾の止まりかた〉

 

そっか、なんか違和感だったのはそれだ!なんかね、炎の周りを飛んでるって言うよりも炎にまかれてる?動かされてる?自分で動いてるようには見えないなって

びーさん

 

「炎舞」のタイトルにあるように
この作品の主役は炎です。

下から上へと
渦を巻くようにして舞い上がる炎に
羽を広げた蛾達が
まるで身を任せているような
神秘的な作品にも見えます。

 

よくみると炎の動きは凄くリアルな感じがするけど、形はなんだかどこかでみたことあるような形?

びーさん

あーとん

炎の形は日本の昔ながらの表現が使われているんだの

 

〈伴大納言絵詞(ばんだいなごんえことば) 炎上する応天門〉

 

〈焚き火の炎〉

 

あーとん

おまけのエピソードに、「炎舞」のタイトルは最初は「無蛾」だったというのがあるんだの。本当はもう少し蛾に焦点をあてるつもりだったらしく、「炎舞」の後にこんな作品も描いてるんだの

 

「粧蛾舞戯(しょうがぶき)」

 

「炎舞」
舞い上がる炎のリアルな動き
赤ともオレンジとも言える
美しい色を引き立てているのが
夜の色として塗られた黒です。

 

あーとん

御舟はこの黒い背景の色に対して「もう一度描けと言われても二度とだせない色」と言っているんだの
渾身の一作なんだね!

びーさん

 

 

 

速水御舟ってどんな人?

 

名前:速水御舟 (はやみぎょしゅう)
生年月日:1894年8月2日
死没:1935年3月20日(40歳)
活動拠点:日本
活動時代:大正~昭和
表現実績:日本画

 

速水御舟は1894年
東京・浅草で生まれました。
本名は蒔田栄一(まきたえいいち)ですが
速水家の養子になり
速水の姓を名のっています。

 

あーとん

ものすごーく余談だけど、速水御舟が生まれた年に、高橋由一が亡くなってたりするんだの
最近ずっと名前が出てきたから覚えたよ!「豆腐」の人だね

びーさん

あーとん

出来事として大きい事をあげるなら1894年の日清戦争だの

 

14歳の頃に
近所の画塾に入門し
絵を習い始めます。

 

あーとん

御舟が入門した画塾はちょっと変わったところだったんだの

 

御舟が入門した画塾
主宰者は松本楓湖(まつもと ふうこ)
300人もの生徒を教えました。
しかしながらその教えは特殊で
徹底した放任主義だったようです。

 

あーとん

もちろん始めて絵を描く人には丁寧に教えてくれたようだの。基礎は写生や模写で、あとは本人の好きなように絵を描かせていたらしいの
好きなようにって言われちゃうと、本当に絵の好きな人しか残らなそうだよね

びーさん

あーとん

続ける、と言うことは意外と難しいんだの

 

そんな速水御舟の
初期ころの作品がこちらです。

〈黄昏〉

 

〈京の舞妓〉

 

ねぇ、黄昏と京の舞妓の間に何があったの?全然違うよ!

びーさん

あーとん

「黄昏」が23歳、「京の舞妓」が26歳の作品だの

 

青が鮮やかな「黄昏」と
どこか奇妙(きみょう)な雰囲気をも「京の舞妓」
この二作品を見比べれば
御舟の絵のアプローチのやり方が
大きく変わったのが一目瞭然(いちもくりょうぜん)です。

 

あーとん

因みに、「京の舞妓」は発表当日多くの画家を困惑させたんだの。中でもすでに画家として有名になっていた横山大観(よこやまたいかん)からはかなり批判されたようだの

 

御舟はこの絵を描くに辺り
人の内面を描こう、
日本画でどこまで写実を表現できるか
と言うことをメインに考えていたようです。

 

あーとん

さらに翌年はこんな作品を発表しているんだの

 

「鍋島の皿に柘榴」

 

また雰囲気が変わった?

びーさん

あーとん

よーくみてみると変なところがあるんだの
うーん??

びーさん

 

この作品、
お皿は上から覗いて描かれているのに
石榴は横から描かれているのがわかりますか?

 

本当だ!よく見ないと気づけな……あれ?

びーさん

あーとん

気づいたかの?
「炎舞」もリアルだけどちょっと変わってたよね!

びーさん

 

「鍋島の皿に柘榴」から
二年後1925年に描かれたのが「炎舞」
それから更に四年後には
パリへと留学しています。

 

すっごく努力してる人なんだね

びーさん

あーとん

パリから帰ってきた御舟は自分のデッサン力が足りないと、お弟子さんと一緒に勉強し始めたぐらい、絵に対して探求心が強かったんだの

 

 

速水御舟の他の作品は?

 

改めて時代を追って作品を見比べるのも面白いね

びーさん

あーとん

ではでは、速水御舟の飽くなき探求心が見えかくれする作品を並べていこうかの

 

〈洛北修学院村 1918年〉

 

〈灰燼(かいじん) 1923年 *関東大震災の後の作品〉

 

〈翆苔緑芝(すいたいりょくし)左 1928年〉

〈翆苔緑芝(すいたいりょくし)右 1928年〉

 

〈紅梅・白梅 1929年〉

 

〈花の傍 1932年〉

 

〈牡丹花 1934年〉

 

 

あーとん

速水御舟は1935年、40歳で病気で亡くなっているんだの
この黒い牡丹の作品を観たら、他の画家さんの時にも思ったけど、もっと長生きしてたらどんな作品を描いたのかなぁって思うよ

びーさん

あーとん

画家としては40歳は、まだまだ道の途中だったかもしれないの

 

今回ご紹介した「炎舞」を始め
速水御舟の
生誕125年を記念した企画展
東京・渋谷区にある
山種美術館にて開催中です。

〈山種美術館〉

 

〈展覧会・速水御舟〉

開館時間:午前10時〜午後5時
(入館は午後4時30分まで)

休館日:月曜日

[但し、7/15(月・祝)は開館、7/16(火)は休館]

入館料:一般1200円・大高生900円・中学生以下無料

あーとん

8月4日迄の会期だからお早めになんだの
浴衣や着物で行くと割引してくれるサービスもあるみたいだから、この機会にぜひ行ってみて欲しいな!

びーさん

 

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